若者の車離れについて考える 〜その一〜

2021年3月24日

シビックセダン

最近に始まったことではないんですが、若者の車離れが叫ばれていて、各社のラインナップもかなり狭くなって(絞られて)きている印象が強い今日この頃です。
この記事を書いている今現在、割と人気車種であるHONDAの「S660」が販売終了になるというニュースが出ていました。
「シビック」シリーズについても、今現在、ハッチバックのみが販売されていて、セダンやタイプRは既に販売終了されています。
海外では、11代目のシビックの販売が噂れていますが、日本ではどうなるのでしょうか?
11代目はセダンからスタートしていますから、日本で売られている人気ラインナップとは異なるラインナップです。
他、クーペタイプやスポーツタイプもグレードとしては存在していますが、日本では販売されていません。

なかなか手厳しいですね。

ということで、そういう諸々と若者の車離れについて思うことを隠さず書いていこうと思います。
誠に恐れ入りますが、この記事は、一部の方にとっては、気分の悪い内容になっているかもしれませんが、決してディスりたいわけではありません。
客観的に思うこと・・・なだけで、車は好きなように乗るのが一番ですし、社会的な背景を一般論で語られても知らんがな・・・と思われる方も多いと思います。
それでいいと思っていますので、他意はありません。
あらかじめご了承いただきたく思う次第でございます。

そもそも、若者の車離れって悪いこと?

若者の車離れって、そもそも誰に何の関係があるの?ってことが前提にないと、意味のない議論になってしまう気がしますね。
極論、誰が何を趣味にしようが関係ないですからね。
ゲームに課金しようが、辞書に課金しようが、車に課金しようが、バイクに課金しようが、別に関係ないですもんね。

んで、若者が車離れをすると、途中の説明を端折りますが、以下のような社会環境の変化が起こると思っています。

  • 日本国内の重工業の衰退
  • 重工業の衰退からの日本経済の衰退
  • 環境破壊が止まる
  • 車に変わる移動手段が発展、若しくは都会化が進み、田舎はさらに衰退。
  • 駐車場や下町工場を取り巻く環境に変化が起きる

ということでしょうか。
正直、何が正しくて間違えてるかなんて分かりません。
それらを立証する数字もないので、感覚値で話をしているかもしれません。

単なる経済のお話になるんですが、重工業が衰退すると、ほぼ間違いなく経済に大打撃を与えますね。
アメリカも日本も重工業が発展したから、社会が発展したと言っても過言ではないですよね。
また、経済の頂点に位置する重工業が衰退するということは、それに変わる産業が出てこないと、全てが崩れていきますよね。

環境破壊が止まるというのは、そのまんまかなと思っています。
油ですね。
また、車の部品の何から何まで製造するために稼働している工場もそうですし、作れば作るほど、使えば使うほど環境破壊は進んでいるという認識でぼくは見ているわけですが、そういった環境破壊が止まりますよね。
地球の地下資源に存在する油はそのまま置いておくと、地球のゴミでしかないと言われていますね。
掘り出して、加工・精製するから人にとっては悪いモノではなくなりますが、どこかの段階で、海にばら撒けば環境破壊にしかならないわけで。
ですので、どうせなら、地下資源としてそのまま油は眠らせておくのが一番かなと。

そもそも、何億年も前から蓄積したモノがたった数百年でここまで掘られるという現状は、色々バランスが崩れてるとは思いますけどね。

また、仮に車がない社会になると、都会化と田舎化は更に進みますね。
車がないと生活できない地方はありますし。

そして、駐車場や車の部品をつくる下町工場にも大きな変化が出ますね。

結論だけをみると、「若者の車離れ」が進むと、”環境破壊が止まる”ということ以外、一般的な所得のある人たちにとって、いいことはそんなにないというように、個人的に考えています。

ですので、これから書く記事は、そういった前提があって書いていますので、悪しからずご了承くださいませ。

若者の車離れが進んでるけど新車は売れてるからいいんじゃない?

新車の流通市場を見てみると、コロナで一瞬沈みはしたものの、回復傾向にある・・・と出ているので、それはそれでいいのかもしれません。
しかし、車を購入する層の大半は、そこそこ所得のある30歳以上と限られているのではないでしょうか?
決して若者は車は買ってないという。

あと、車の値段そのものが上がり続けてるから、流通台数と流通額や流通市場の成り立ちが二十年前とは(数字のバランスが)変わっているとも考えられます。
これらの数字については、どの数字が正しいか分かりませんので、各々googleで調べてみてくださいませ。

新車が売れているということは、中古車流通にも一役買いますので、それはそれでいいのかもしれません。
でも、きっと、近い将来、中古車は売れ残り、新車は全然売れない・・・という時期がくると考えています。
来ないですかね?

若者の車離れというのは、単純に車の必要な地域に若者がいない・・・というのが原因なのかな?
そんなことを思います。

経済的な衰退って本当にあるの?

トヨタも世界の一部の車メーカーも、車の進化や車に変わる飛行機など、近しい分野で、車の技術を応用した製品の開発を進めていますよね。
そういったことができるのも、まずは車が売れてるからなんですね。

車が売れなければ、そもそも、そういった開発をすることもできません。

また、車に変わる産業ができなければ、継続的に利益を上げ続けることが出来ないので、経済環境はさらに悪化します。
この辺りは、経済のサイクルを調べてみてくださいませ。

もちろん、資金を調達する術は色々ありますので、一概には言えないところはありますが、少なくとも日本の経済は担保される何かがないと次に進むことができない社会です。
ですので、既にそういったサイクルからハズレ始めている日本は、世界基準から一歩も二歩も遅れ始めています。

例えば、テスラやappleがいい例ですかね。
説明しきれないところがあるので詳細は割愛しますが、テスラやappleが次の製品をつくることができるのは、何も売り上げがあるからというだけではありません。

そういった諸々がある中で、日本は、今、デフレに陥って、回復する目処が立っていません。
それどころか、株価だけを見るような施策を取り続け、一般的な市民の生活は悪化する一方、”経済政策は正しかった”という、ピンと来ないニュースを見ることになるんですね。

普段、生活をしていると、なかなか経済の衰退と一般的な経済サイクルは結びつかないように見えますが、割と深い関係性の中にあるのかなと思っています。
”給料が上がらないけど出費は増えている”と思っている方々多いのは、その流れのど真ん中にいるということの証左かなと感じています。

所得が低そうな方は不勉強かな?とよく思います

正直、所得がそこまで高くない部類に入る方は、不勉強な感じがするなぁと感じます。
って、ぼくも偉そうに言えるほどの生活はしてませんけどね。笑

  • 貯金しなきゃいけない
  • ゲームに課金をした方が楽しい
  • 結婚は合理的じゃない
  • 勉強だけが出来ても無駄
  • 根性論は意味ないよ
  • ホワイト企業がない
  • モチベーションが・・・
  • ローンはダメだから・・・

と言う諸々を言う人の中に、仕事もプライベートも充実してる人はいないという。笑
いや、諸々を言う人でも仕事もプライベートも”それなりに充実してる人”はいるかもしれませんが、見るからに振る舞いや生活が充実している人と会うことはあまりありません。

正直、今となれば、前述の諸々は分からないでもないですけど、まだ何も形にしてない時から前述の諸々を言うのは、明らかに順番が違うというか。
つまり、車から離れるには、少々早すぎるんじゃないか?という話ですが、途中の話を端折りまくってるから、なんかピンとこない話になっちゃいますよね・・・という感じが自分でもします。

世の中、ホワイト企業なんてありませんからね?
上流工程にいるか下流工程にいるかの違いだと思います。

努力も知らず、勉強も出来ず、身なりも振る舞いも出来てない人に、重要な契約を任せることができますか?
お金の価値も分かってない人に、何を任せますか?
そういうことかなと思います。

不勉強な方々は、そういう諸々に気づくことができないのでダメなのかなぁ?なんて思うんですね。

めちゃ毒のある言い方になるかもしれませんが。
そもそも、転職しただけで所得が上り続ける人は、転職うんぬんの前に、所得を上げる術を身につけてる人が多いです。
上流工程で仕事をつくって成果を出せる人が所得を上げることができる人なんですね。
業種業態選びもそうですし。
そのプロセスが分からない人が、同業の中で、転々と職を変えても何も変わらないのが現実なのかな?と思います。

若いうちだけを見ればいいですけどね、人は年を取っていきますし、なかなか厳しい状況になっていくモノなんですね。

車は色々なことに気づかせてくれる一つのモノだと、ぼくは思っています。
”車を買うことが出来ないから、車に乗らない”のと”車を買うことは出来るけど、車に乗らない”では大きな違いがあります。

まずは、そういった一つ一つのことを考えることが出来れば、また何か変わるんじゃないかなぁ?と思います。

が、いきなり社会の流れを変えるというのはなかなか無理があるので、何かしら学びのある場があればいいかなぁと思ったりもします。
そういう学びの中で、車を持つことが当たり前になったり、車に変わる何かが生まれればいいかなぁと思います。

その一の締め

という諸々を考えていたりします。
言葉足らずだなぁと思う箇所が多々ありますが、そういったことについては追々書き足していこうと思います。

若者は車を知らない、と言っても、免許を取る時に運転して、車の楽しさを感じていると思うんですね。
だけど、それ以上、前に進めないのは、社会的な背景や親の存在などがあるからだと思っています。

バイクがいい例で、バイクに乗ろうとすると二言目には「危ない」や、「お金がない」という言葉がよく出てきますよね。
そういう一言は、今の社会とは、相反する意味を持つ言葉なのかな?と感じています。
金融ではありませんが、少しはリスクテイクをしてみても悪くはないと思いますよ、という感じです。

ただ、何が正解で、何をすると幸せになれるかというのは別問題ですので、そういうことは各々の基準で考えていただくとして、若者の車離れの社会的な背景は、諸々のような状況にあると考えているという次第でございます。
途中の説明を端折りまくっていますが、まずはそんなことを思っています。

”その二”では、車を楽しむことが出来ない原因や要因について、物理的なことを考えてみたいと思います。
正直、おじいちゃんやおばあちゃんの運転する車って、なんか挙動が変ですし、邪魔なこと多くないですか?w
という、そんなことを考えてみたいと思っています。

編集後記

「その二」を書きました。